no movie no life//映画を見て思ったことをつらつらと・・・。ネタバレです。
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2008/09/18 (Thu) 12人の怒れる男(07・ロシア)

ラスト20分、リメイクの真骨頂。

シドニー・ルメット監督、ヘンリー・フォンダ主演の名作「12人の怒れる男」(1957)を、ロシアの二キータ・ミハルコフ監督がリメイク。義父を殺害した容疑で裁判にかけられたチェチェン人の少年の運命は、12人の陪審員の男たちに委ねられた。有罪ならば終身刑。彼らの出した結論は…。

リメイクというのは、オリジナルがあるので結末がほぼわかっている。だから、それ以外のところで、映画として勝負しなければならない。結論から言えば、この作品は独自の脚色で成功した例と言えるのではないだろうか。

(以下、ネタばれしてますので注意!)

尺は160分。オリジナルは96分だからかなり長い。密室劇で耐えられるだろうか?と言う不安はあった。実際見て、正直、このエピソード要らないんじゃないか?と思うものもある(感心するのはそれを誰も遮らない我慢強さだ)。しかしなんていうか・・・劇中「ロシア的だ」という言葉も何度か登場するが、あれがロシア人なのだ。彼らの喋りはまるでドストエフスキーを読んでいるかのよう。お国柄ってこういうことなのだろうなと思った。しかし、そうは言っても多民族国家。被告はチェチェン人の青年であり、偏見を持つ陪審員の格好の餌食となる。

さらに、陪審員の「議論」を聞いていて思うのは、それほど論理的な話をしているのではなく、むしろ感情や直感で動いている方が多い。「可愛そうだ」とか「あの弁護士は熱意がない」とか・・・だから途中で考えを何度も変える者も現れる。理詰めで展開するオリジナルを見ていると、その辺は拍子抜けするかもしれない(笑えるシーンもある)。でも、案外人間のこういう直感が大事なんじゃないか?とも思う。

議論は続き…ひとり、ひとりと有罪が無罪に切り替わる。そしてラスト20分。物語は、大きく展開する。陪審員長を買って出た男が、無罪だとしてもあえて青年を有罪にすべきだと話したのだ。「彼は、刑務所にいる方が、出所して路上で暮らすよりも長く生きられる」と。

…この展開には本当に驚かされた。
まず第一に、ロシアの現状がそれほど酷いものであると言うこと。アメリカならば、たとえ現状が同じであっても絶対に出てこない発想だ。自由の国では、自由よりも不自由を望むなんてありえない。

第二に、この陪審員長(実はミハルコフ監督自身)は最初から、一段上の、神のような高みにいて、他の11人の男たちの議論の動向をただ見守っていただけなのだ。あの何時間もの間・・・(ちょっとズルい気もするが)。

ふと私は考えた。「無罪だけど有罪に」。自分ならばどう決断を出すか?

…陪審員たちは、多少迷いながらも、結局「無罪」の判定を下した。
そして私は、それが正しいことだとはっきり理解する。容疑者の青年からすれば、「自分が無罪である」と12人の男たちに信じられたことそのものが、大きな自信であり力になるのだ。たとえ刑務所にいた方が安全であっても、無実の罪を着せられて生き永らえることに何の意味があろうか。

そして、すべて見終わったとき、この長い長い映画は、ラスト20分のために作られたのだと思った。リメイクの意味はここにあったのだと。

劇中、チェチェンの町を爆撃するシーンも多数挿入されている。これらの問題は、どれも簡単なものではない。けれど…チェチェン人青年の前に開かれた小さな未来に、ロシアとチェチェンの未来を重ね合わせたい。そんな希望がこめられた映画だ。

★参考
「12人の怒れる男(1957)」レビュー

「法廷もの」というより「陪審員もの」の最高傑作。

12人の陪審員が被告であるひとりの青年の生死を決める。しかし結論は全員一致でなければならない。当初、11人が有罪(guilty、ここでは死刑)1人が無罪(not-guilty)を主張。 11人はその1人(ヘンリー・フォンダ)を説得するが逆に説得され、ひとり、またひとりと無罪が増え、最終的には全員が無罪になるという結末。

重要なのは、「有罪」と判断するのに、少しでも不確かなことがあれば例え99%疑わしくともそれはnot-guiltyであることだ。日本語では「無罪」という表現だが、「罪がない」のではない。「innocent」ではなくあくまでも「not-guilty(有罪ではない)」なのである。

本来、人を裁くのは神の領域である。しかし、人がせねばならぬとしたら、根底にはperfectがなければならない。そこに少しでも疑わしいものがあるならば、有罪にはできない。完全に感情を排し、客観的事実のみを見つめる。世の中にそういうことのできる人がどれくらいいるだろうか… しかし、できなくても、人を裁くことの本質を知っているならば、冤罪はきっとなくなるだろう。

もうひとつ、この映画はいかに人を説得させるかがキイになっている。
厄介なのは、感情論に陥っている者、そして差別・偏見を持った者。 この映画でも、被告の青年が黒人だったことが、事を更に複雑にしている。

… 訴訟社会アメリカの一片を垣間見れる映画です、見るのは疲れるけど。

(1994.10.2記述)

http://ameblo.jp/mt-k2/entry-10024144770.html

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>margot2005さん

こちらにもコメントありがとうです!
少年とのシーンには癒されました。あの提案をした陪審員長に対して、他の誰も「自分ひとりで引き受けろ」と言わないあたりがほっとできて良かったです(笑)
最初、陪審員がどうしてみな中年~老年なのだろうと思いましたが、あのエピソードを各人に語らせるためには、あれなりの年齢が必要なんだな、と納得しました。

2008/09/19 00:02 | カオリ [ 編集 ]


こちらにもお邪魔を...
ラストの陪審員長と少年のツー・ショットは良かったですね?
他の陪審員はきっと引き取るのを断ると思いましたが...やはりで...あれは監督が書いた脚本ならではと思いました。
長い、長いストーリー展開でしたが、それぞれの陪審員たちのエピソードは中々goodでしたね。

2008/09/18 21:46 | margot2005 [ 編集 ]


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「12人の怒れる男」
「12」 2007 ロシア 養父殺人で終身刑を言い渡されたチェチェンの少年を有罪にするか、無罪にするかを審議する陪審員12人の姿を描いた法廷ドラマで、「12人の怒れる男/1957」のリメイク作品。 監督、脚本は「シベリアの理髪師/1999」のニキータ・ミハルコフ。 //ヨーロッパ映画を観よう! 2008/09/20 19:54

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